-- 生活の音 --
キッチンパイプという商品名の、まともに演奏できる品質としてはおそらく世界最安値のバグパイプです。製作・販売しているのは英国のバグパイプ・ガロア社。塩ビ管、ゴムパッキン、ナイロン布などオール合成素材を採用して、材料費と工賃を徹底的に省き、販売価格 162.5 ポンド―日本円に換算して 2 万円ぽっきり―という低価格を実現しました。
”キッチンパイプ”というのは台所の流しの下に通っている排水管のことで、この自虐趣味なネーミングは日本にも通じるセンスです。写真ではずいぶん美しく見えますが、手に取ってみると確かに、楽器というよりホームセンターの塩ビ管を弄っているような気分になってきます。
» 1万5千円で販売しています。商品カタログはこちら
練習用のバグパイプ
もちろんこれは立派な楽器というわけではなくて、練習用モデルです。スモールパイプというスコットランドのバグパイプがオリジナル★1 です。スモールパイプ自体がグレート・ハイランド・パイプの代用品みたいな位置づけの楽器で、どえらやかましいグレート・ハイランド・パイプの代わりにパブで演奏したり、グレート・ハイランド・パイプの運指練習用として使ったりします。
キッチンパイプは練習用としてはある意味よく出来ているというか、オール合成素材なのでメンテナンスフリーです。ふつうのバグパイプのように、演奏し終わったらパイプをストックから引きぬいてバッグとパイプを乾燥させて…という手順が不要です。むしろパイプを抜き差しするときに誤ってリードを壊してしまうリスクを考えると、演奏後はなにもせずそのまま放置した方がよいかもしれません。
ふつうに演奏できる
キッチンパイプは素材と見かけはアレですが…練習用に製作されただけあって、YouTubeの動画のとおり、パキスタン製のどうしょうもない”本物”よりはよっぽどまともに演奏できます。ソロなら十分に人前で演奏を披露できる品質ですし、ギターなどチューニング可能な楽器となら合奏もできるでしょう。
ピアノとの合奏は無理でしょう。そもそもバグパイプは原始的な吹奏楽器でして、オカリナや竹笛など他の民族楽器と同様、気温・湿度の影響でピッチが大きく外れます。「コンサートピッチで演奏できないなんて楽器と認めない」というお客さんが希にいらっしゃいますが、どうしてもということならレッドパイプ―電気バグパイプ―をお求めください。
キッチンパイプはオール合成素材なので軽くて丈夫です。パイプを引きぬいて分解したらピアニカほどのバッグに収まってしまう小ささです。気軽に持ちだしていつもの街の公園や川縁で演奏を楽しめます。
キッチンパイプは安価なのでお試しで購入できます。「本格的に練習するかどうかは決めてないが、バグパイプってどんなものかちょっとだけ触ってみたい」という人にお勧めできます。こんなでもパーティや宴会の余興には十分ですし、ささやかなソロ・コンサートだって夢ではありません。もちろんキッチンパイプで練習して、ゆくゆくは本物のスモールパイプやグレート・ハイランド・パイプへランクアップ、というのもありです。
パイプやリードの調整は演奏者の嗜み
そもそもバグパイプは手のかかる楽器です。正しく鳴らないときの調整は演奏者が自分で行うという約束★2 です。私が今回購入したキッチンパイプは、荷物を解いたときから次のような問題を抱えていました。
- 短いドローン管が鳴らない…調べるとリードが油のような液体で濡れて張りついていた。リードを引きぬき分解して、液体をティッシュペーパーで拭きとった。
- 短いドローン管のジョイントが緩くてすっぽすっぽ…試しにそのまま演奏してみたところ、吹いているうちに滑ってずれるほど緩いわけでもなく、演奏には支障なかった。気持ち悪いが、見て見ぬふりをすることにした。
- いちばん高い音のピッチがやや高い…民族楽器の笛では日常茶飯事。運指を変えて対処した。
ほんとうはドローン管のジョイント部に糸を巻いたり、指穴にテープを貼ったりして調整すれば完璧なのですが、今は面倒くさいです。そのうち気が向いたらきちんと調整しましょう。
とにかく、バグパイプが正しく鳴らないときの調整は自分で行うというのが演奏する者の嗜みですよ。「ちゃんと演奏できるように調整してから出荷するべきだ」とメーカーにクレームを挙げたところで「自分で調整もできないくせにバグパイプを買うな素人」とあしらわれるだけです。そこのところよろしく。
★1 スモールパイプがオリジナル
キッチンパイプは構造から運指・演奏性能までほとんどスモールパイプなのですが、キーが違います。スモールパイプはAキーで、キッチンパイプはBbキーです。
★2 鳴らないときの調整は演奏者が自分で行う
このことはときとして、コンサート楽器や電子楽器―メーカー側で十分に調整された至れり尽くせりの楽器―に慣れ親しんだ演奏者には受けいれがたい事実のようです。といったところで仕方ない。納得できないならバグパイプを演奏しなければいいだけの話だし、それでもどうしても、というなら電気バグパイプを演奏すればいいです。「絶対にコンサートピッチを外さないバグパイプを作るにはシンセサイザーにするしか方法を思いつかなかった」というのがドイツ・レッドパイプ社の結論です。
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