ハングドラムに限らず、ときどき「自分でも作れそうなので買わずに自作することにしました」というお客さんの話を聞きます。私からすると、どうしてそんな不合理な選択をするのか理解できません。何かを自作するって決して悪いことじゃないし、むしろ趣味としては高尚です。ただし損得で言うなら自作すると損します。そこのところをほんとうに分かっているのか、損することを承知で自作するのか。1,000円をケチってかえって1万円損するようなことをしていないか。私はもうずっとそんなことを考えていて、せっかくですからこれを機会に説明させてください。
自作するとかえって損する
あなたの時給をまず、きちんと把握してください。
あなたの時給…というのは、あなたのたった1度しかない人生の1時間分の価値です。コンビニで時給750円でバイトするということは「あなたの人生の1時間分を750円でコンビニのオーナーに売った」という取引と同義なのですよ。そして学生ならともかく、きちんとした会社に勤めているサラリーマンなら時給は2,000円以上はあるのではありませんか。そうですね、分かりやすくあなたの時給を2,000円に決めましょう。
さて、以前アメリカのオークションにハングドラムが出品されました。
それが60万円で落札されたとか。だから現在のハングドラムの価格は60万円であると決めましょう。そしてあなたは現金60万円を支払わずに、自分でハングドラムを製作しようと志しました。「60万円払わずに屑ドラム缶からハングドラムを製作するのだから価格はほとんどゼロだ!」などと計算しないように。あなたの時給つまりあなたの人生の1時間分の値段は2,000円です。だからあなたがハングドラムの製作に1時間を費やすと、たとえ材料費がほとんど無料であっても、2,000円という原価がついてしまいます…
ここからは小学生でも出来る簡単な算数問題です。
あなたが自分でハングドラムを製作する場合、300時間以内に完成させないと、かえって金銭的に損をすることになります。(時給2,000円で300時間働くと60万円です。)それ以上の時間をかけるなら、むしろ300時間ほど会社で残業してお金を貯めてオークションでさっさと60万円払って落札した方が安上がりです。
一から十まで自作して300時間…可能でしょうか。
厳しく言うと、材料のドラム缶を探すのに費やした時間、ドラム缶を引き取るのに走らせた自動車の往復ガソリン代、調律に必要なスペクトルアナライザの購入費など、なにもかもぜんぶ原価として考えるべきで、そうするとほんとうはあなたの動ける時間なんて、まるまる300時間もないです。どうです、とてもじゃないけどそんな条件で本職が製作したハングドラムと同じ品質の物を自作できるなんて、私には信じられません。(一人前のスチールパン職人になるのに10年の下積みが必要なのでした。)
趣味として自己投資として自作するべし
「そうじゃない金の問題じゃない、私は自分の手でハングドラムを製作してみたいんだ!」
と反論するかもしれません。そう!そのとおり!現代において何かを自作するというのは、自作すること自体を楽しむ、自分の知らない世界を知る、新しいスキルを身につける…といった目的であるべきです。決して「その方が金銭的に安上がりだから」という理由ではあってはならない。上で計算してみせたとおり、お金の話をするなら多くの場合、自作した方が損します。よく聞く「自作したから無料でした」みたいな話はたいてい、自分の人件費(費やした時間)から目をそらしています。その手の成功譚を鵜呑みにして自分の貴重な人生を使い捨てないように。
繰り返して言いますが、損得で言うなら自作した方が損します。
お金を払うのが惜しくて自作すると、そのお金以上のあなたの人生を損します。自作するのはお金をケチるためではない。自作することそのものの楽しさ、自作することで得られる知識やスキル、その過程で生じる人間関係の広がり…そのようなものを求めて自作するべきです。自己欺瞞じゃなく心底そういう動機で自作するべきです。
自分で何かを作るということ自体はいい事です、素晴らしいことだと思います。
ただし動機を間違えると人生を大損するよ気をつけてね、という忠告です。
たった一つではないが冴えたやり方
一つうまい方法を教えましょう、プロに頼むのです。
日本にも一人くらい、プロのスチールパン職人がいるでしょう。その人に例えば「40万円あげるからハングドラムを製作してほしい」と依頼するのです。スチールパン1台の相場が10~15万円くらいですから、試作機を数台作るにしても、40万円も積み上げれば、自分で作るよりもよっぽどましな(つかむしろ素晴らしい品質の)ハングドラムを製作して★ くれるのではありませんか。40万円の出費…それでも60万円よりは安いし、そして確実です。自分は動かず金を積んでプロに頼む。この発想は覚えておいて損はないです。
★ ハングドラムを製作する
本家パンアート社のハングドラムは、その原材料がなんだったか公開されていません。とにかくものすごく硬い金属でした。だからハングドラムを製作するといっても、今となってはオリジナルのハングドラムを製作することは不可能です。ふつうに入手しやすいが柔らかな材料(鋼鉄)で製作すると、ちょっと強い力で殴るとベコっと凹んでしまう心配がある。後から楽に修理できることを前提に、構造を再設計する必要があります。(オリジナルのハングドラムは上下のパーツをがっちり溶接して一塊にしていますが、あれって凹んだとき修理できるのでしょうか?みたいな。)
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